国は、「国立メディア芸術総合センター」なるものに、117億円を投入するらしい。
<記事抜粋:開始>
アニメやマンガ、テレビゲーム……。「オタク文化」とも言われる日本の新しい芸術分野を発信する「国立メディア芸術総合センター」(仮称)の計画に賛否が渦巻いている。建設費はしめて117億円。予算は成立したものの、国会では「バラマキの象徴」と集中砲火を浴び、総選挙でも格好の攻撃対象になりそうだ。具体像はいまだ煮詰まっていない「アニメ・マンガの殿堂」、どうなる?
古くは鉄腕アトムに始まり、世界40カ国以上で放送されたドラゴンボール、「となりのトトロ」など一連の宮崎アニメ……。日本のアニメやマンガは「ジャパン・クール」として海外でも高く評価されている。
そんな背景に立つ今回の計画では、作品の収集や展示、調査研究、外国人観光客も含めた海外への発信などをうたう。コンピューター技術を駆使したメディアアートも柱の一つだ。推進派が4日に東京都内で開いた会合では、マンガ家の里中満智子さんが「古いマンガの原画の劣化はひどく、きちんと収集・保存しなければ後世の人が日本のマンガ文化を検証しようにもできなくなる」と必要性を訴えた。
ただし、具体的な中身となると、ほとんど決まっていない。それというのも、政権の浮揚策として巨額の補正予算が組まれ、その中で「神風が吹いた」(文化庁幹部)ように突如認められた計画だからだ。肝心の展示内容もほぼ白紙。アニメやマンガ作品について、セル画、原画と合わせてアイデアがどのように形になっていくかを見せる。ゲームやメディアアートはCGなど先端テクノロジーを駆使し、来場者が五感で体験する作品を示したい――。今のところ、そんな「イメージ」にとどまる。
オープン後、経済的にやっていけるかどうかも不透明だ。批判を受け、麻生首相は「管理運営はすべて民間に委託、財源は自己収入で」と答弁。塩谷文科相も「税金で赤字補填(ほてん)はしない」と言う。しかし、自己収入だけで成り立つ国立美術館や博物館はなく、国から交付金をもらっても足りないのが実情だ。
日本アニメーター・演出協会代表の芦田豊雄さんは「国がアニメに目を向けるのは歓迎する」としつつ、日本のアニメ界は低予算で制作会社もスタッフも疲弊し切っている、と指摘する。「このままでは質が下がりかねない。いい人材を得てこそ国際的なヒット作も生み出せる。むしろ、待遇改善などの環境整備に予算を使ってほしい」と訴える。(小川雪、上野創)
(2009年6月15日 asahi.com)
<記事抜粋:終了>
国策として、日本の文化とも言えるアニメ・ゲームに注力するのは悪くはない。
だが、国主導で行う以上、最低限、具体的な施策は必要ではないか? 少なくとも、赤字国債を発行してまで予算を確保するのだから。
この計画の発案者は誰だ? まさかと思うが、麻生首相ではあるまいな?
所感だが、麻生首相が、首相経験の思い出に「形のあるモノを残そう」という発案ではないかと、思えてならない。
邪推が正しいとしたら、上しか見ていないのだな・・・と考えるしかない。このような箱モノなど、自己顕示欲の象徴ではないか。
私が首相で、117億円も使えるならば何をしようか? ホームレスやネカフェ難民を一掃するために使いたい。農村に住宅と農地を確保し、農業に従事してもらう。
マンガ・アニメより、衣食住を優先すべきではないか。自国民に住居もない難民がいることを看過してまで、マンガ・アニメという気持ちになれない。
「アニメの殿堂」の話に戻すが、記事を読んで感じたことを、コメントしてみたい。
古くは鉄腕アトムに始まり、世界40カ国以上で放送されたドラゴンボール、「となりのトトロ」など一連の宮崎アニメ……。日本のアニメやマンガは「ジャパン・クール」として海外でも高く評価されている。
その通りだと思う。
そんな背景に立つ今回の計画では、作品の収集や展示、調査研究、外国人観光客も含めた海外への発信などをうたう。
「作品の収集」は、何を目的として収集するのだ? 展示用なら、数コマ見てもつまらない。作品として見せるなら、著作権など金銭的な話も出てくる。国営マンガ喫茶なら、民業圧迫である。
著作権が消滅した古い作品は、閲覧可能かもしれない。しかし、文化としては価値があるのかもしれないが、今の作品と比較すれば、面白い訳が無い。
調査研究といっても、具体的には何を調査するのだ。本当に大事な技術は人に教えないし、基本的な知識なら価値は無い。
外国人観光客も含めた海外への発信とは、何を発信するのだ? 作品を見たければ、それぞれの店やマンガ喫茶に行けばよいし、ネット経由の情報なら、117億円もの箱モノは不要ではないか?
コンピューター技術を駆使したメディアアートも柱の一つだ。
メディアアートを発表したければ、発表したい興行主が自身で行えばよいのではないか? 国営で行う意味はあるのか?
推進派が4日に東京都内で開いた会合では、マンガ家の里中満智子さんが「古いマンガの原画の劣化はひどく、きちんと収集・保存しなければ後世の人が日本のマンガ文化を検証しようにもできなくなる」と必要性を訴えた。
「マンガ文化の検証」と「古いマンガの原画」の必要性が分からない。
「マンガ文化の検証」は、マンガの何を検証するのだ? 誰が何のために検証が必要なのだ?
「漫画がこのように進化してきました」と展示したとして「ふ~ん」で終わるのではないか? 一度検証して本にまとめれば、一冊で完結しそうだ。実際に、そのような本はありそうだ。
それに、漫画の内容である物語・画風などの流行や変遷などを検証しだしたらキリがない。
また「古いマンガの原画」は、大事に保存する必要があるのか? 元々劣化する媒体なのだ、電子化すれば良い話ではないのか?
オープン後、経済的にやっていけるかどうかも不透明だ。批判を受け、麻生首相は「管理運営はすべて民間に委託、財源は自己収入で」と答弁。塩谷文科相も「税金で赤字補填(ほてん)はしない」と言う。しかし、自己収入だけで成り立つ国立美術館や博物館はなく、国から交付金をもらっても足りないのが実情だ。
日本の優れた漫画・アニメを日本の文化と認め、発信したいのではないのか? ならば国営もしくは、国の補助は当然ではないのか? 本当に文化事業と考えているのだろうか?
民間に「財源は自己収入で」と言うなら、興行にするしかない。興行として考えるなら、「ジブリの森」などが既にある。それに、民間に対して、箱モノだけ用意する姿勢も中途半端に感じる。
日本アニメーター・演出協会代表の芦田豊雄さんは「国がアニメに目を向けるのは歓迎する」としつつ、日本のアニメ界は低予算で制作会社もスタッフも疲弊し切っている、と指摘する。「このままでは質が下がりかねない。いい人材を得てこそ国際的なヒット作も生み出せる。むしろ、待遇改善などの環境整備に予算を使ってほしい」と訴える。
その通りと思う。アニメーター・漫画家の中には、低収入で夢を追っている者も多いらしい。
だが、漫画・アニメも産業の一つである。需要が無ければ衰退する。需要があれば賃金・待遇も改善していく。つまり、他の産業と変わらないのである。
ならば、最重要な産業からテコ入れすべきだろう。現在の日本の産業で、漫画・アニメ産業が、最重要な産業なのか?
現状、アニメ・漫画は供給過剰と思う。市場を多くの者で分けるのだから、低賃金になるのは当然ではないか。
どの産業も、自由競争である。国が行うべきことは、自由競争に敗れた者へのセーフティネット拡充しかないと思う。
そもそも、生活不安・老後不安がある社会で、漫画を買う余裕がない者が多いのではないか。
溜息ばかりである。
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