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2009年2月

松屋にて

牛めしなどを扱うチェーン店「松屋」で食事をした。

その店では、新人店員が1人入っていた。その新人は50歳近いと思われる男性であった。

新人さんは、多少緊張気味で対応が硬いが、挨拶は問題なくできていた。早く慣れれば良いと思った。

居酒屋・焼鳥屋なら別だが、松屋のようなファーストフード店の接客業を、50歳近い男性が望むとは思えない。

勝手な想像だが、おそらく、やっと見つかった仕事なのだろう。そんな想像をしながら、せつない気持ちで定食を食べた。

私の知る限り、この店にはもう1人男性店員がいる。この店員は若く20代前半だと思う。この店員は、多少知恵遅れなのか、言動に独特な癖がある。オペレーションに問題は無い。

どちらかと言うと、50歳の新人より、この若い店員の方が心配なのだ。

この若い店員は、社員なのだろうか? 社員ならば、給与も安定しているだろう。実力次第で昇進の可能性もある。

人が良い、やたら腰の低い若者である。この若者は社員としても、出世は望めないと思う。大きなお世話だが。

もしアルバイトならば、将来が心配になってしまう。

職業に尊卑はないが、若者はキャリアにならない仕事・ツブシがきかない仕事はやるべきではないと思う。

この若者が、時給1000円として、週休2日・8時間勤務とすると、月給は約18万である。

生活には困らないだろうが、将来的な展望は無いだろう。結婚して子孫を残すなど、不可能と思う。

思うのは、レジのパートや接客業など、社会で必ず必要な仕事の方が、低賃金と感じるのだ。

このような「低賃金で社会の歯車」となる労働者には、社会として何か保証が必要と思うのだ。

具体的には公務員化が良いと思う。

公務員として、年金・保険など福利厚生と、最低賃金を保証する。給与が安くても、定年まで安心して働けるならば、問題あるまい。

昨今、介護要員としてフィリピンなど、海外の労働者を受入れている。

この不況時、少ない内需を外国人労働者に開放するのは、何かおかしくないか?

日本人全員が、上流?の仕事に就けるならば問題ない。だが、そのような事はありえない。

ならば、「社会の歯車」となる低賃金の労働者には、生活や身分を保障し、社会の奉仕者として働いてもらうべきと思う。

現状、窓口業務に派遣を雇い、簡単なデスクワークしかしない公務員がいるらしい。「国民全体に奉仕する者」という考えから、乖離していないか?

社会主義も困るが、資本主義だけでも困る。新たな社会体制が必要と感じた。

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拉致家族をクリントン長官に会わせたい、政府調整も流動的

政府が、拉致家族をクリントン長官に合わせる調整を行っているようだ。

<記事抜粋:開始>

 政府は、16日から来日するクリントン米国務長官と北朝鮮による拉致被害者家族らとを面会させるため、米政府との調整に入った。

 政府は、クリントン国務長官を通じてオバマ新政権にも拉致問題の実情を訴え、協力を求めたい考えだ。

(2009年2月7日20時43分  読売新聞)

<記事抜粋:終了>

拉致の解決には、北朝鮮に戦争で勝つか、輸入物資を押さえるしかない。

米国がキーパーソンで協力を要請するのは当然とは思う。

しかし、拉致被害者の家族と米政府を、調整している日本の担当者は、どう思っているのだろう?

外交は国家間の折衝である。その一方の国が、民間人を連れてきて拉致問題の実情を訴えさせるのは、おかしくないか?

拉致被害者の家族は、「日本政府に何の力も無い」と言っているのと等しいではないか。

また、日本政府も「力になれないので直接アメリカに頼んで」と無力を認めている形だ。恥辱と感じないのだろうか?

これ以上、米国に外交カードを渡してどうするのだろう?

北朝鮮からの防衛も考慮し、イラク戦争も協力させられた。このうえ、拉致問題解決のため何を要求されるか・・

クリントン米国務長官に、お土産を渡す場合、費用対効果だけは考えて欲しい。

拉致被害者の家族には悪いが、正直、国が30年近く対応しなかった問題を、今頃解決するのは困難と思う。

生きていたとして、これだけの年月が経てば、それぞれの生活がある。既に、北朝鮮も解決できないのではないか?

日本政府はこれを教訓とし、解決に武力・および各国の協力が必要な事態に、対応可能な環境を構築する必要がある。

しかし、米国への「思いやり予算」に年間約2000億円払っている。馬鹿馬鹿しい、実際、米国が何をしてくれるのだ?

日本ほど平和な民族が、他国に侵略の大義名分を与えるとは思えない。侵略した国が、世界的に孤立し、滅びるだろう。

ならば、多くの軍備は必要ない。現在の自衛隊の装備で十分と思う。北朝鮮のような狂った国家の、核ミサイル防衛は確立する必要がある。これは「思いやり予算」をあてればよい。

こう考えると、日本に米軍の駐留は不要だ。米軍の駐留費用は、請求しなければならない。少なくとも「思いやり予算」の費用対効果があると思えない。

対人関係はWin-Winの関係が望ましい。米国との関係も、こうありたいと思った。

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ダイワスカーレット浅屈腱炎、現役続行は困難

ダイワスカーレットが屈腱炎になったようだ。

<記事抜粋:開始>

 左前脚球節の不安でフェブラリーSを断念したダイワスカーレット(牝5、栗東・松田国)が、浅屈腱炎だったことが13日、分かった。松田国英師が発表したもので、同時にドバイ遠征の取りやめも決まった。

 ダイワスカーレットは11日に追い切った後、左前脚が発熱し、12日朝になって左前の球節に腫れと痛みを発症していた。全治は不明だが、重症の場合は復帰まで1年以上を要する。現役続行は極めて困難な状況となった。

(2009年2月14日6時42分 nikkansports.com)

<記事抜粋:終了>

所感だが、残念だ。

次走の機会は不明だが、繁殖の道もある。現役を引退しても安泰と思う。

私は競馬が好きだが「熱烈」という程ではない。あくまで1つギャンブルとして見ている。

そのためだろうか、JRAのCMを見ると、考えてしまう。

現在、JRAではブランド広告「空と、芝の、あいだに。」という事で、TVCMでは熊木杏里の歌が使われている。

青空の下、青々とした芝で馬が走るシーン。そこに「傷つけたくて、傷つける人なんて、どこにもいない」という歌詞が流れる。

「競馬は健全で、すばらしい物です」と主張しているように感じる。

JRAは競馬のイメージに「健全・楽しい・ロマン」など、ただのギャンブルではなく、健全性と深みを持たせたいように思う。

感じるのは「そんなに綺麗な事か?」という事だ。

競馬は、生き物を扱う唯一の公営ギャンブルだ。だが、生き物を扱う以上、綺麗ごとだけでは済むまい。

競走馬になるため生まれ、食肉にならないで一生を終える馬がどれ程いるのだろう。

別に、競走馬の食用に反対する気は無い。逆に食用は賛成である。競走馬・繁殖馬になれないなら食肉にする。商業動物として当然だ。

だが、JRAのTVCMは綺麗すぎる。商業動物の側面など全く感じさせない。

「あなたの子に生まれて良かった」とか「傷つけたくて、傷つける人なんて、どこにもいない」なんてフレーズを聞くと、特にそう思う。

競馬に良いイメージを持たせ、売上向上を狙ったCMなのだから、当然だが・・・

人間は、動植物を殺して食べる。これは人間が生存するための「原罪」として仕方が無いだろう。

だが、「ギャンブルで走らせるため」というだけ理由で、動物の命を弄ぶ競馬は、動物愛護の精神からも褒められた物ではあるまい。

「食べるのが主目的、その過程が競馬」という食用メインの方が、潔く心地よいと思う私は、ズレているとも思う。

だが、駄馬はコッソリと家畜商に渡され肉となる。この「コッソリ」を無くすべきと思う。競争馬の食用を肯定しない関係者もいると思う。そういう人は、馬の面倒を一生見れば良いのだ。

馬肉は、食肉専用として飼養した場合は牛や豚と比べて高コストになるらしい。馬肉を安く食べられるのは競馬のおかげだと思う。

変な罪悪感からこっそり処理され、ドッグフード・クズ肉として扱われるより、正々堂々と「美味」を売りにできた方が、馬も浮かばれると思う。

馬肉は、栄養価が高く太りにくいことから、食肉のチャンピオンと言える部分があるようだ。

JRAは競馬に「健全で楽しい」以外に「美味しい」という事も、伝えるべきと感じた。

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朝は「続投」夕方に辞任…迷走・中川氏に大ブーイング

中川財務・金融相が、辞任したようだ。

<記事抜粋:開始>

 先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の閉幕後、ろれつが回らない状態で記者会見した中川財務・金融相が17日夜、辞任した。

 たった1日の間に、自らの進退についての発言を二転三転させる迷走劇。辞任後の記者会見では、飲酒による影響はなかったと強く否定してみせたものの、野党だけでなく自民党議員からも「早く辞めさせるべきだった」と批判の声が上がった。

 中川氏はこの日朝、「与えられた仕事を一生懸命やっていく」と続投の意向を示しながら、昼過ぎには、「予算案と関連法案が衆院を通過したならば、辞表を提出したい」と前言を翻したばかり。夜になって突然、辞任したことについては、「予算を一刻も早く上げるのが目的だから考え直した」と釈明した。

(2009年2月18日03時10分  読売新聞)

<記事抜粋:終了>

酩酊会見は国益を損なったと思う。世界各国では、日本の1000億ドルIMF拠出より、酩酊会見の印象が強いだろう。

またタイミングも悪い。この不況時に「危機意識が足りない」と取られる可能性もある。

所感だが、大臣の辞任は仕方ない。それだけの事をしたのだから。

だが、人間なのだから体調が悪い時もある。なぜ、会見に出たのだ。会見に出る以上、それなりの対応を求められる。「体調管理ができていない」と言われても仕方が無い。

また、周辺の人間は、大臣の様子に気付かなかったのか? 官僚が、国益より省益として、制止しなかったのではないか?

中川氏には、続投の意向があったようだ。勝手な想像だが、大臣として努力し、成果もあげていたのかもしれない。ならば無念だろう。

麻生政権はマスコミに叩かれている。「辞めろ・解散しろ」の大合唱だ。これだけマスコミ・国民に敵視され、どう思っているのだろう。

総理本人は、さすがに3度目の投げ出しはできまい。だが、家族はつらいのではないか。

私なら、本人の努力を見ていて、自分の夫や、父親があれだけ叩かれていたら「もう辞めたら」と言いそうだ。

「結果が全て」とはいえ、何をやっても叩かれるだけ。麻生氏はマスコミはともかく、国民さえも敵に見えるているのではないか?

そのため、国民の支持を得るため、すぐに成果が出る定額給付金など、近視眼な政策ばかりを連発するのではないか?

一般人には、政治の裏側や詳細は分からない。そのため、マスコミ報道を信じるしかない。政治家像はメディアが作ってしまう。

もっと、一般人が政治・政治家を評価できる環境作りが必要と思う。

何をやろうとして、進捗がどうなっているか? これさえハッキリして、成果を出していれば問題ないと思う。

酩酊は考えてしまうが、「漢字が読めない」「失言」などはどうでも良い。完璧な人間はいないのだ。

失敗から学び、成長する機会を与えてもよいのではないか?

これだけ情報伝達手段が発達した現在、国民とコミュミニケーションを取る方法はいくらでもある。国民も、政治家の成果を理解すれば、支持するだろう。

現状、政治家を正しく評価できる環境が無いと感じた。

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命の値段

近所のホームセンターに買物に行った。

店頭の掲示板に、張紙があったので眺めた。

詳細は忘れたが、1歳くらいの幼児が、心臓の病気を患っているとのこと。治療は心臓移植しか方法が無く、アメリカに心臓移植手術を受けにいく予定らしい。

貼紙は、手術費用の募金のお願いであった。目標額は1億1700万円とのこと。貼紙には、連絡先と、振込み先の口座番号が書いてあった。

所感だが、不運と思う。余裕のある人が募金してくれれば一番良い。

だが正直な所、自分と無関係の命に、何の価値も感じない人が多いのではないか?

資本主義社会は、金を奪い合う社会だ。自分が他人に何らかの商品(サービス)を与え、その対価として金を得ている。

人間が生み出す商品に対価がつく以上、人間の価値は値段で表される。金は、命を削って得たもの。金と命は同じ物と言える。

その大事な金を「対価なしで戴きたい」というのは、どうしても無理がある。

だが、24時間テレビ「愛は地球を救う」は1回で10億円くらい集まる。不思議だ、募金する者は、何を助けたいのだろう?

案外、募金の対象は、不明な方が良いのかもしれない。

貼紙には、子供の写真が貼ってある。不況とはいえ、幼児への同情から募金は集まると思う。

募金しない私が気にする必要は無いが、この写真も同情を得る目的に見えて、正直気になる。

親が、募金を懇願する写真を、掲載するのがスジと思うからだ。

貼紙には他に、アメリカに行く理由として、「日本では15歳以下の臓器移植を法律で認めていない」と書いてある。

おかしな法律だ。それで結局、外国人の臓器を買うのだ。この「手前の国ではダメだが、外国ならOK」というメンタリティは何だ? エゴイズムの極みだ。

今回の手術費用だが、相互扶助の考えからすれば、行政が無利子で融資すれば良いと思う。

無論、妊婦検診をしっかり行い、異常が無い出産でのみ、融資可能とする必要がある。

保証は無いが、1億くらいなら一家で何とか返済できるのではないか? こんなリスクを見れば、誰も子供を産もうと思わなくなってしまう。

しかし、手術代に1億円というのはスゴイな。物価が安いフィリピン(一人あたりのGDP:日本の約7%)を例に考えれば、天文学的金額だ。

そりゃ臓器を売るよ。貧乏な村なら、たった一人の人身御供の臓器で、村全体で良い暮らしができてしまう。

日本で考えても1億円は大きい。4千万くらいのマンション購入で、ローンが一生モノのサラリーマンはたくさんいる。

この一家が、無利子で1億円借りられるとして、何年で完済できるのだろう?

仮に、この一家の世帯年収500万、30歳のサラリーマン一家の場合で考えてみる。

年功序列は無くなっている。昇給の可能性は、リストラの可能性と相殺する。そうすると、年収は変わらない事になる。

生活費を考えると、返済可能額は年間150万円くらいか。定年が65歳として、残り35年間×150万=5250万円。

退職金を含めて、約6000万。残り4000万は、手術に成功した子供が支払う。払いきれなければ、その借金は、そのまた子へ・・・

この場合、両親はともかく、子供はどう思うだろう。借金を払うための人生、「生きる意味って何?」となりそうだ。

年数が経てば物価が変わる。貨幣価値が下がることを考えれば、返済期限は20年が限度か。

20年で完済しようとすれば大変だ。本当に、借金を返すだけの人生だ。妻は若いうちに体を売り、夫は毎月長時間勤務だろう。

「弱肉強食」と「相互扶助」、現在の日本の社会は「弱肉強食」に傾いている。獲物(金)を獲れない者は死ぬしかない。

だが、弱者が全て食われてしまえば、強者も食い物が無くなり、生き残れない。

国民は、どのような社会を望んでいるか気になった。

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「我々は再生する」 オバマ大統領、施政方針演説

オバマ大統領が施政方針演説を行ったようだ。

<記事抜粋:開始>

 オバマ米大統領は24日夜、上下両院の合同会議で施政方針演説を行った。米国の抱える深刻な経済危機に対し、短期的な対応策をとるだけでなく、エネルギー、医療、教育の3分野への投資を進めて長期的な繁栄の基盤を築き、米国の再生を誓う内容となった。

 大統領は演説の冒頭から米経済の苦境に言及。「我々の経済は弱体化し、自信は揺らぎ、困難で不確実な時代を生きている。しかし今夜、すべての米国人に分かってほしい。我々は再建する。我々は再生する。そして以前より強力な米国が現れるだろう」と決意を語った。

 また、「長期的な繁栄よりも短期的な利害が優先された」「手っ取り早い利益追求のために規制は骨抜きにされた」と述べ、ブッシュ前政権までの経済政策からの転換を目指すことを強調。政権発足後の景気対策と金融危機対応での取り組みをアピールした。さらに「経済を回復させるだけではなく、持続する繁栄の新たな基盤を築かなければいけない」と、長期的に経済を成長させるエネルギー、医療、教育への投資の必要性を指摘した。

■オバマ大統領、演説骨子

 ▽我々は再生し、米国はより強力になる

 ▽雇用創出を活発にし、融資を再開させ、エネルギー、医療、教育に投資を

 ▽4年間で1兆ドル規模の財政赤字を半減。10年間で2兆ドルの節約が可能

 ▽風力、太陽光発電などの技術開発に年間150億ドルを投資

 ▽アフガニスタン問題で包括的戦略を策定

 ▽グアンタナモ収容所を閉鎖し、拘束したテロリストに対する迅速で確実な裁きの道を探る。米国は拷問しない

 ▽既存の同盟関係を強化、新たな協力関係を結ぶ

 ▽G20(金融サミット)諸国と金融システムへの信頼回復で協力、保護主義が台頭する可能性をなくす

(2009年2月25日11時33分  asahi.com)

<記事抜粋:終了>

所感だが、やろうとしている事が明確だ。

米国の言語は英語であり、日本での報道時には翻訳の手間がある。にもかかわらず、内容が明確でわかり易いのは、なぜだろう。

やはり、演説内容が明確な内容だからだろう。

また溜息だ。米国と比較すると、日本からは何がしたいのか伝わってこない。「景気対策」という声だけは聞く。抽象的なこの言葉だけなのだろうか?

自民党のWEBサイトを見ると「自民党の景気対策はあなたに具体的です」という見出しで、自民党広報として28の具体的な対策が掲載されている。この広報はわかりやすい。

対策は28もあるのだが、景気対策の原因療法ではなく対症療法と感じる。

日本という生徒がイジメにあい、暴力を受けている(景気悪化)。この対策として、怪我を治すための医療施設を用意する(景気対策)。このようなイメージだろうか。

この場合、イジメる生徒を処罰するか、イジメを受けている生徒を転校させるなど、明確な根本対策が必要だろう。

不況の根本対策として「何をすれば良いかわからない」という事なのだろうか?

確実ではなくとも「これが必要だ」という原因療法は示すべきではないか? この28の対策が原因療法なのだろうか? 申し訳ないが、対症療法としか思えない。

自民党以外の政党なら、どのような対策がでるのだろう? この時期、説得力ある明確な対策が出せれば、次期政権を獲れる気がする。

米国は、国益のため次々手を打っている。

オバマだけでなく、クリントン国務長官も来日し「在沖縄米海兵隊グアム移転協定」に署名していった。

これで、日本で政権が変わろうと、問題が発生しようと、財政支出による28億ドルの提供が絶対の物になった。

すでにロードマップで定めたとはいえ「本気か?」という金額だ。日本政府は60億ドル以上の負担に合意しているという。まだこれからも、絞られるのだ。

同盟国とはいえ、どこの国に、他国の軍隊にここまで支出する国があるというのだ。

グアムは米国の領土である。ここのインフラ整備と米海兵の良い暮らしのために、日本が金を出す。日本国民はどう思っているのだろうか?

負担は当初見込みを大幅に上回るようだ。内訳が1.海兵隊がグアムでの移動に使う高速艇の配備費用、2.グアムへの人員や物資の輸送費、3.移転先施設の家具や事務用品購入費・・・アホか?

精神面からも疑問だ。日本は憲法9条で平和を謳っている。米軍への支援は、憲法9条の精神に合致するのだろうか?

世界平和のための抑止力として、軍隊は必要とは思う。しかし、それは単一国家に任せるべきものではない。

日本の場合、米国と手切れになれば、今までの投資は全て無駄となる。年単位の国防費として考えても、あまりに高額な負担に思えるのだ。

世界平和のための軍隊は、各国の連合軍で行う・・というように国防指針を定め、そこに防衛費として財政支出するならば、まだ納得できる。

なぜ、命を削って得た金を、米海兵の良い暮らしに使われるのか、理解できない。

日本の政治家には「自国民より米国民のために働いている」と感じてしまう事がある。財政支出した金がバックされているのでは?と疑いたくなる。

次の選挙では、「日本の米国頼りにNOと明確に主張している」という一点だけで、共産党に投票してしまいそうだ。

共産党は、米軍の駐留が無くなった後の、防衛構想をどう考えているのだろう? この構想が良いものならば、絶対に共産党に投票するのだが・・・

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不況に強い職種なのに…理容学校の入学者6割減

理容師を目指す者が、減少しているようだ。

<記事抜粋:開始>

 「カリスマブーム」で人気に火が付いた美容師とは対照的に、理容師を養成する専門学校の入学者が激減、10年前の約3分の1に落ち込んでいる。

 生徒が数人しか集まらず、廃校に追い込まれる学校もある。

 熊本市中心部の熊本高等理容学校。生徒は通信課を除くと1、2年生合わせて9人だけ。10年ほど前は約40人がいたが、減少の一途をたどる。竹崎一海校長は「昨年度は卒業生8人に約80件の求人があった。不況にも強い職種なんですが……」とため息をもらした。

(2009年2月26日16時04分  読売新聞)

<記事抜粋:終了>

恥ずかしながら、髪を切る職人が「理容師」と「美容師」に分かれている事を知らなかった。理容師の資格をとれば、理容も美容も、両方できると思っていた。

所感だが、美容院でカット・理容店でパーマをしている。「理容師」と「美容師」を分ける意味は無いと思う。

分けるとすれば、車の免許におけるMTとATの違いで、顔剃りできるのが「理容師」、できないのが「美容師」で良いのではないか?

理容師の専門学校で、生徒が集まらない原因は、おそらく儲からないからだろう。

男が髪を切る場合、一昔前は床屋が普通だった。私が最後に床屋に行ったとき、3700円だった。

今は、「10分間カット」とか「1000円カット」で1500円もあれば、散髪できてしまう。これら安価な店はカットしかしない。つまり美容師で良いのだ。

おそらく美容師の方が、カット以外の単価の高い美容行為も、堂々とできるのだろう。そりゃ儲かる美容師を目指すだろう。

散髪は大雑把に、男性客は「理容師」、女性客は「美容師」が対応するという住み分けらしい。

私は美容室に入った事は無いが、美容室の方が、料金がまちまちの印象がある。

理容店は「散髪」「顔剃り」「パーマ」くらいしか無く、技量はともかく、内容はほぼ同じと思う。

しかし美容室は美容のため、サービスが多様で、料金設定の自由度が高いと思う。「カリスマ美容師」が騒がれたときもあった。サービス次第で稼げてカッコイイなら、理容師より美容師が選ばれそうだ。

男に限定だが、私も含め、散髪など「不自然でなく、短くなればよい」という人が、ほとんどではないか?

サービス内容が同じなら、間違いなく安い店に行くと思う。

何かしらの利点があれば高くてもOKだが、求める利点は、男女で多少違うのではないか?

性別に関係無い利点は「待ち時間が少ない」「安心感・清潔感がある」「指名ができ、詳細説明不要」などだろう。

男の場合・・私だけかもしれないが、求める利点は「女」なのである。

女性に切って欲しいのだ。「女性なら誰でも良い」というわけではない。「女」を感じる事ができ、気分よく仕事してくれる人が良い。

昔、通っていた理容店を思い出す。その店は、50台くらいの夫婦が経営しており、女性が顔剃りしてくれるのだ。

その女性は、52~55くらいだろうか。当時20代前半の私からすれば、無論恋愛の対象ではない。所作に無駄が無く、剃るのも上手い。化粧は厚く太り気味だが小綺麗で、熟れた女体からムっと漂う香り。

それと、うまく言えないが、女性的な所作と合わせて、非常に気持ちよかったのを覚えている。当時3700円は高かったが、引っ越すまでずっと通っていた。

この店では、残念ながら旦那がカットを行う。この旦那が、気疲れせず良いのだ。

矢沢永吉を大人しくした、ワイルドな紳士で、「兄ちゃんどうする?」という感じだ。

よく押付けられる体とアツい吐息。ワイルドな切り口。どれも男100%だったが、不思議とイヤではなかった。

今考えると、この旦那の後だから、余計に奥さんの剃りが気持ちよかったのかもしれない。

今の安カット店では、絶対味わえない感覚だった。

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