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2008年12月

地デジ受信機支給、260万世帯に拡大 政府・与党方針

政府は地デジのチューナーを無償で支給する方針らしい。

<記事抜粋:開始>

政府・与党は2日、2011年7月に始まる予定の地上デジタル放送で、受信に必要なチューナーの無償支給対象をNHK受信料の全額免除世帯(約260万世帯)に広げる方針を固めた。当初は生活保護受給世帯(約120万世帯)に限る方針だったが、景気の悪化が深刻になり、低所得者を広く支援する必要があると判断した。

新たに無償チューナーの支給対象となるのは、市町村民税非課税の障害者世帯(120万世帯)と福祉施設などの入所者(20万世帯)。地上デジタル放送に対応したテレビなどを購入済みの世帯を除き、希望者に支給する。

総務省は当初、09年度からの2年間で計400億円を投じる予定だった。支給対象の拡大に伴い、必要な経費は600億円程度に膨らむ見通し。財源には携帯電話事業者や放送局が納めている電波利用料をあてる。

(2008年12月3日9時56分  asahi.com)

<記事抜粋:終了>

所感だが、チューナー支給自体にそれほど違和感は無い。しかし、その時期が気になる。

09年度から2年間に支給予定という意味だろうか。だとしたら、地上波が止まる2011年からで良いのではないか?早急に地デジに切替えなければならない理由があるのだろうか?

そもそもTVって必要か?無くても生活は困らないと思うのだが・・絶対に必要な障害者世帯はあるかもしれないが。

政策を考えた場合、課題は沢山ある。課題に優先順位をつけた場合、地デジチューナー支給は優先順位が相当低いと思うのだ。この予算を「優先順位の高い他の課題に使え」と言いたくなる。

地デジは電波帯域を有効に使える利点は分かる。しかし電波帯域に困窮しているか?絶対に地デジという説得力が無いのである。

地デジの普及率が当初予定より伸びないらしい。理由は簡単、不要だからである。現時点では綺麗意外の利点は無いと思う。

なぜもっと有効性を示せないのだろうか?またお得意のやつ?行政法人を作って天下りたいの?と勘繰りたくなってしまう。

TVは情報供給メディアとして非常に優秀だ。視聴者数に関係なく電波を飛ばすだけである。視聴者あたりのインフラ整備費用は安価と思う。

さらに地デジとなれば、画像は綺麗で多くのチャンネルを提供できる。

中学?の社会科で「国民は最低限度の生活を送る権利がある」と教わった。また最低限度にはTV視聴が含まれるとも教わった。本当だろうか?

国民全てが地デジを視聴可能ならば、情報格差はほぼ解消すると思われる。光ファイバーなどを利用した双方向通信も可能になれば、情報化社会に一歩近づく。

国民全てが「地デジ双方向」の環境ならば、社会・政治手法なども変わるだろう。

まず、国民世論を簡単に問える。選挙のやり方も変わるだろう。候補者ごとにチャンネルを用意し選挙活動をすれば良い。選挙カーで声張り上げる必要はなく、有権者の質問に答えることもできる。候補者の選挙費用も安くて済む。

こうなれば小選挙区の必要は無い。国政選挙は大選挙区より大きい全国区の選挙が可能である。国会議員は小選挙区の「地元利益誘導の税金持ち帰りバトル」をしないで済む。

本人証明できるB-CASカード的なものがあれば、選挙の投票も可能だ。選挙費用は「民主主義のコスト」というが毎回膨大である。電子投票でこのコストが削減できれば、地デジ双方向のインフラ費用も元が取れるのではないか?

首相のぶら下がり、国会審議、公開可能な政策会議などは各チャンネル、リアルタイムで放送すればよい。そうなれば新聞など情報メディアの偏向も少なくなるだろう。

他にも可能な事は多々あるが、上記の段階で地デジ(双方向)の有効性は十分示せるではないか。現時点では無理でも「最終的にどうしたいのか目標をわかりやすく示せ」と言いたい。

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2兆円あったら:/中 高齢者の「足」守って

定額減税給付金2兆円の別の使い道を、毎日jpで提案している。

<記事抜粋:開始>

◇通院・買い物に、送迎サービス充実を

http://mainichi.jp/life/health/news/20081203ddm013100167000c.html

終点の停留所は山あいの限界集落にある。兵庫県豊岡市の但東町薬王寺地区。48世帯125人が暮らし、高齢化率は55%。車を持たないお年寄りにとって、路線バスは欠かせない「足」だった。

そのバスが9月末でなくなった。同県北部で運行していた全但(ぜんたん)バスが4市町の赤字21路線を休止したためだ。豊岡市内にはこのうち11路線が走る。会社が休止を打ち出した昨秋、市には住民からの不安の声が相次いだ。

高齢者の足を守る方策はあるのか。公共交通に詳しい首都大学東京の秋山哲男教授は「効果の期待できない定額給付金より、2兆円はST(スペシャル・トランスポート)サービスに使えばいい」と提案する。

STサービスとは、バスや鉄道の利用が難しい高齢者・障害者のために小型車両などを運行し、通院や買い物に利用してもらう施策だ。秋山教授によると、国内ではNPOなど約2000団体が取り組んでいるが、「他の先進国とは対照的に公的な補助がほとんどないため、普及しない。欧米では人口の2~5%が利用している」と指摘する。

市長は「高齢者の足は守りたいが、市財政も厳しい。国に2兆円あるのなら、公共交通の充実など、地域の未来につながることに投じてほしい」と語気を強める。

(毎日新聞 2008年12月3日 東京朝刊)

<記事抜粋:終了>

所感だが、市長の発言に同意する。2兆円は未来に投資して欲しい。

しかし、冷たいようだが2兆円使えるとしても「老人の足」の費用に充てるのは反対だ。

路線バスが廃止された原因は「赤字」つまり乗客が少ないためだ。少数とはいえ足が必要なのは分かる。だが、広い視野で見れば需要が無いのである。

これから地方では過疎が進む。高齢化も進む。老人のために採算が合わない公共交通手段に国費を投じてどうするのか?

対策だが、特に過疎・高齢化が進む地方では低コストの都市設計が必要と考える。

広い土地にまばらに居住していては、警察・病院・交通などの社会コストがかかりすぎる。居住区を密集させ、人口密度を一定に保つ都市(※以降「コロニー」)が必要と思う。

ある程度の人口・密度があるため様々な需要があり、需要があるから雇用がある。雇用があるからそこで生活する。この循環で労働者の主たる若年層も増えるだろう。

過疎に悩む市町村があれば、人口を一箇所に集め、コロニーを形成すれば良い。公共交通手段はコロニー内と各コロニー間が完備されれば問題無かろう。

人口密度が高い東京・大阪などで公共交通手段で悩むことは無い。これは需要があるからである。

人口密度が低く需要が無い地方・・土地が広くて自然豊か、地価も家賃も安い。この上、公共交通が欲しい?それは我侭と思えてしまう。

完璧は難しい。現状、利便性を求めれば大都市に出るしかない。逆に、自然を求め大都市から地方に行く者もいると思う。この者は地方のリスクを理解して行くしかない。

国と地方、利害はバラバラである。国と地方が連携して、一つの目的に向かわないと無駄が多すぎるのではないか?

道路特定財源の一般財源化で地方に1兆円を分配する話が出ている。公共事業全般に使途を広げるのは良いが、どういう構想で実施されるのかよく分からない。

現状、無知な私には、この国をどうしていくのか?その目標が無く、国・地方で行き当たりばったりの政治を行っているようにしか見えない。

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非正規従業員の解雇

不況の影響から非正規従業員の解雇が続いている。政府は雇用対策を進めているようだ。

TVや新聞の関連記事を読んでいると、釈然としない事が多い。

<記事抜粋:開始>

製造業の雇用調整加速 非正規社員、主要38社2万1000人削減

 製造業の雇用調整が機械、電機など自動車以外の業種に広がり始めた。コマツは来年3月末までに小山工場(栃木県小山市)の期間社員約400人を削減。国内全工場で12月から操業日を月間2―4日減らす。東芝や富士通は半導体部門の非正規社員を削減する。日本経済新聞社が4日までに集計した主要製造業38社の派遣・期間社員の削減数は約2万1000人に達した。非正規社員を中心にした雇用調整が急速に進んでいる。

(2008年12月5日 07:00 NIKKEI NET)

<記事抜粋:終了>

厚生労働省は、雇い止め非正規労働者に対し、失業手当を受け取るのに必要な雇用保険の加入期間を短縮。また、給付日数を60日程度上乗せなどの方針を固めたようだ。

企業の雇用調整で次の仕事が見つかりにくい事が推測される。この厚生労働省の対応は正しいのだろう。

だが、現状より少ないだろうが、今までも解雇され困っていた非正規労働者はいたと思われる。なぜ今、対策が必要なのだろう?

全労働者に占める非正規労働者の割合などの統計情報は腐るほどあるだろう。非正規労働者の需要は景気変動の影響を受ける事は簡単に予測できる。

雇用保険の制度・積み立て額などは、労働者のセーフティネットとして設定されていたはずである。今回ほど深刻な不況は想定していなかったという事だろうか?

だとしたら制度の見積もりが甘いとしか言いようがない。また、企業の急な雇用調整による雇用不安解消が目的ならば、小手先の対策としか思えない。

失業保険の支給期間は永久ではない。結局、拡充しても求人が無なければ解決しない問題ではないか。延長した失業保険の支給期間の間に景気回復する保証があるのだろうか?

派遣の正社員化で100万円助成などの話もある。試用期間の教育費用とリスク分として丁度良く悪い対策ではないが、恒久的に必要な人材ならば既に正社員にしている気もする。

また、数年後に失業が予測される業種の企業で正社員になっても意味がない。助成対象企業の選別は正しく行われるのだろうか?

このような小手先な対策しか無いならば、おもいきって非正規雇用を禁止してはどうか。一時的な社会の混乱だけは確実だが、案外良い対策とも思える。

企業は厳選した採用を行い雇用が減る可能性がある。また、製造業など国際競争力が無くなる等、多くの問題が出るかもしれない。

だが利点も多い気がする。同賃金(福利厚生費用を包含)で正社員化した場合、企業は解雇できないリスク以外は無いと思う。労働者は手取り額は減るが安定収入となり安心できる。

収入が安定すれば安心して消費できるのではないか?労働者は同時に消費者でもある。少なくとも内需は安定する。

はっきりしている事は「金が無いと生きていけない」という事だ。雇用が無くても収入があれば生活する上で問題は無い。

日本国憲法第25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるらしい。失業保険の支給が終了しても、生活保護などがあり「最低限度の生活」は保証されるのだろう。

ホームレスやネットカフェ難民は「最低限度の生活」ができているのだろうか?ふと疑問に思った。

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脱ダム高まる中「新たに100基必要」国交省が試算

国交省が今後必要なダムの試算をしているようだ。

<記事抜粋:開始>

全国の1級河川でおおむね100~200年に1度あるような規模の大洪水を防ぐためには、計画中のダム以外にもさらに100基以上造る必要があると国土交通省が試算していることがわかった。各地でダム計画に反対の声が上がるなか、論議を呼びそうだ。

(2008年12月10日15時5分 asahi.com)

<記事抜粋:終了>

所感だが「100~200年に1度」という指標は適当なのだろうか?

過去に向かって考えた場合、100年前といえば日露戦争、150年前はペリー来航。とんでもなく昔と感じる。この昔に、現在(21世紀)までの大洪水の試算をしているようなものか。

100年も経てば社会も技術も変わる。適当な指標はせいぜい50年くらいではないか?こんな大雑把な試算だと本当にダムは必要なのか?という疑問が湧く。

絶対に必要なら別だが、ダム開発で失われる自然や生態系を考えれば、最小限にした方が良いのは自明と思われる。

大雨ですぐ洪水では困るが、100~200年に1度という頻度ならば、少しくらいの洪水も仕方ないだろう。洪水は雨や台風といった前触れがあり、予測・避難が可能だ。同じ災害なら地震のほうが余程怖い。

身の回りの物で「3年使わなければ不要」などと言う事がある。川辺川ダムは計画から40年経っても着工していないらしい。40年ダムなしで良いなら不要と考えてしまう。

試算するのは結構だが、リスク対策は優先順位をつけて実施をお願いしたい。

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最初は終身刑望んだ母「やっぱり犯人の命をください」

裁判員制度の施行が近いためか、読売にて『連載「死刑」第2部「かえらぬ命」』という連載が行われている。

この連載の第3回を読んだ。

<記事抜粋:開始>

「終身刑を望みます」

 娘を殺害した犯人が逮捕された直後、どんな刑を科してほしいかと捜査官から尋ねられ、久保田博子さん(51)はそう答えた。

 「死刑は当然」と寿さんは考えていた。しかし、博子さんはそう思えなかった。

 「長くは生きられないことがわかっていても、悲観することなく懸命に生きていた。そんな子供たちを見て、生きていける命をほかからの力で奪うことに抵抗を感じていました」と、博子さんは言う。

 06年3月9日の第8回公判。博子さんは意見陳述に立った。当初は死刑でなく終身刑を求めた気持ちから話し始めたが、途中から抑えていた感情があふれ出た。

 「私たちは成長した奈々に会えないのに、犯人はさも罪を償っていましたと言わんばかりに、大きくなった我が子に会える。嫌だ、それだけは許さない……。私の心はどこまで醜くなるのでしょう。やっぱり犯人の命をください……」

(2008年12月13日07時32分  読売新聞)

<記事抜粋:終了>

強盗殺人事件の遺族の想いを綴った内容だ。

犯人の命を奪う事に抵抗があった母親だが、犯人に子供がおり、成長した子供に会える犯人を許せず「やっぱり犯人の命をください」となったようだ。

所感だが、読者の多くは「遺族が哀れ」「死刑は当然」という感想と思う。私も同様だ。

考えてしまうのは、この遺族の悲しみが判決に与える影響である。

もし、遺族の悲しみを酌み、判決で「命を奪い、遺族に精神的苦痛を与え・・」などと罪科が増すならば、命の重さに差がある事になる。

被害者に遺族が不在、もしくは遺族がいても被害者を愛していない場合もある。同じ殺人でも被害者の環境によって罪の軽重が変わるのだろうか?

こんな簡単な事で考えてしまうのだから、人を裁く基準など個人差が大きいし、裁きが正しいなど誰も言えないのではないか?

罪の基準を法律で定め正義とする。また「法律で決められた手続きを踏んだ」という事を正義にするしかないのかもしれない。

正直「これくらいが妥当」という裁判官が出すであろう判決は、誰でも感覚として出せると思う。

要は、判決を決める存在に、納得できる正当性と信頼があれば良いのだろう。しかし裁判員制度で「正当性と信頼」は向上するのだろうか?

絶対の存在は裁判官ではなく、法律を神とするしかない。神である法律にはグレー部分や特定の人に判断を委ねる部分がある。

結局、人の判断ならば、裁判官以外に裁判員が5・6人加わったところで「正当性と信頼」は向上しないと考えてしまう。

しかし、裁判員制度の目的は「裁判の進め方・内容に国民の視点、感覚が反映される結果、裁判全体に対する国民の理解が深まり、司法がより身近なものとして信頼も一層高まる」という事らしいので「裁判のプロセス改善」の意味では、悪い制度ではないと思う。費用対効果は疑問だが。

裁判員は「事実認定」「量刑」を判断・意見するらしい。最終的な判断は裁判官が行うようだが、自分の意見が判決に与えた影響を具体的に示されないと、裁判員は存在意義を感じなくなる気がする。

連載記事の場合で自分が裁判員ならば「事実認定」「量刑」をどのように判断するだろう?

法律では「刑法第199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」となっている。さて・・

判断は「自分ならば、こう断罪したい」という正直な判断で良いのだろうか?エゴイズム丸出しで判断してみる。

犯人は乱暴目的で女性を殺している。この時点で問答無用の悪行である。判断は「死刑」・・簡単すぎるな。死刑がどのように行われるか知らないし・・噂では絞首刑らしいが、それでは苦しむのも、せいぜい2・3分だろう。そんなんじゃダメだ。

まず、犯人が社会貢献できるか考える。犯人を臓器移植のドナーとして適合者を調べ、適合者がいれば臓器を活用する。死刑の方法は臓器移植に最適な方法とする。献血で血を全部抜くのも良いかもしれない。

また、製薬会社などで需要があれば、人体実験に活用後、生きていれば絞首刑でも何でも良い。

犯人が社会貢献できない場合、遺族が希望すれば「敵討ち」とする。

敵討ちは、犯人の両手を手錠で拘束する(足は自由)。この状態で犯人VS遺族の戦いを行う。遺族の武器は自由。制限時間は20分とする。

足を拘束しないのは無抵抗という罪悪感を遺族に抱かせないためである。また耳目が自由なのは、遺族が犯人に無念を訴え、反省状況を確認するためである。

犯人が反省し「どうぞ存分に」となれば討てないかもしれないが、遺族は犯人の罪の意識を知り、多少無念が晴れる。討てなくても最終的に絞首刑なので問題ない。

無反省ならば、一発でも殴れば溜飲が多少下りるかもしれない。大事なのは、遺族の無念を少しでも晴らす事である。

敵討ちは極端だが、遺族が死刑執行のボタンを押すくらいは良いと思う。

と裁判員になった場合の判断をしてみた。裁判員の裁量はわからないが「罪の有無」と「懲役の年数」だけを判定し、その根拠を示すだけだとしたら虚しいだろうな。

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AV鑑賞

アダルトDVDを店で借りた。

モブスターズという会社のDVDで「本物!妊娠5ヶ月の若妻!真正中出し!公開浮気ファイル 志乃20歳」という作品である。

この会社は「中出しは全て本物」と宣言しており、その点は信頼している。この会社の作品を観るのは今回で2作目である。

所感だが、売りの中出しシーンで全く興奮できない。

中出しシーンは本物と証明したいためか、浅く挿入して射精後、必ず精液を容器に掻き出すのである。

精液を容器に貯め「本物です」と示すのは構わない。しかし「真正中出し」が生む感動(感情が動く)が全く無いため、合体が「容器に精液を貯めるための作業」としか感じないのである。

多くのAVに言える事だが「AV撮影という仕事です」感が全てを台無しにしている。

普通の夜の営みでの「真正中出し」を考えて欲しい。男は動物のオスとしての本能である生殖行為「種付け」という至高の快楽。女もメスとして「種付けされてしまう」というマゾヒスティックな感情があるだろう。

これらの感情が演出できない「真正中出し」に何の意味があるのだろうか?

この作業行為も妄想力豊かな20代前半ならば「種付けしてやったぜ!」と興奮できたかもしれない。しかし妄想力の減退した中年には厳しい。

メーカーへの希望だが、少なくとも男優は「種付け」の快楽のために射精して欲しい。確実に受精させるため深く挿入し、全て出し尽くすまで腰を振る。メスを受精させるための注挿にオスの本能を感じさせて欲しい。

今回の作品は女優が妊婦という事で浅い挿入になったのかもしれない。そもそも妊婦は「種付け後」である。本来の中出しの意味すら無いではないか。

「真正中出し」の行く先は「受精」である。「受精」を目的とした「真正中出し」を見せて欲しい。本当に女優を妊娠させ「妊娠5ヶ月」ならば最高ではないか。

多少フォローすると女優の容姿は悪くない。色白でムッチリ、形の良いオッパイが妊娠のためか張っている。このオッパイだけでも演出が上手ければ抜かせる事ができると思う。

しかし・・またハズレか。当り作品に出会う確率が低すぎる。当り的中率向上のためAVレビューサイトでも探すか・・・

一般論だが、AV視聴者が興奮する演出は「出演者が本当に欲情している事」だと思う。一言だと「リアル」という事だ。この嗜好は私だけではないだろう。

普通に男女が合体する時、少なくともどちらかは欲情しているだろう。これを自然に撮る事が「最高の演出」と思える。

撮影でカメラを意識し、合体局部を映すための不自然な体位、射精の方法・女優の表情/喘ぎ声など様々な演出指示・・こんな不自然な環境で欲情できる者がいるだろうか?

前に観たレイプ物AVでは男数人で女を輪姦するのだが、驚く事に全員中出しせず外出しした。んな馬鹿な!女が同級生とか知人という設定ならば理解できる。しかし山道を散歩していた見ず知らずの女なのだ。

普通この状況ならば何の躊躇もなく中出しだろう。輪姦している男が皆イク瞬間にわざわざ抜いて外出し・・レイプしておいてエチケットは守るという変態紳士ぶりにガッカリだった。

「輪姦小僧参上・・ザーメンパックしてやる!!」などギャグ風味で笑える作品ならば、その不自然さもありだが。

リアルは難しい。AV監督になったつもりで演出を考えるのだが、犯罪になってしまう場合が多い。まずは、色々なAVを観て勉強だな。

まとめると今回の作品は、女優は良いが「真正中出し」の意味が無い凡作であった。良い作品探しを継続する。

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「月80時間残業しないと減給」店員過労死、両親提訴へ

日本料理店「日本海庄や」の店員が過労死したようだ。

<記事抜粋:開始>

全国チェーンの日本料理店「日本海庄や」の店員、吹上元康さん(当時24)が急死したのは過酷な残業が原因だとして、京都市に住む両親が東証1部上場の経営会社「大庄」(東京)に約1億円の賠償を求める訴訟を来週にも京都地裁に起こす。両親は「月80時間」の時間外労働をこなさなければ給与から不足分の賃金が差し引かれる制度によって過労死に追いやられたと主張している。

大庄の担当者が作成したとされる「給与体系一覧表」では、吹上さんら一般職から管理職の店長・調理長までの8分類について、等級や最低支給額、手当や賞与の有無などが表になっていた。この表によると、最低支給額は吹上さんら一般職が最も低く月19万4500円で、最高は管理職の店長・調理長の月31万5千円~。しかし、欄外には一般職の最低支給額についてのみ、1行のただし書きがあり、「時間外(労働が)80時間に満たない場合、不足分を控除するため、本来の最低支給額は12万3200円」とされていた。吹上さんはこの給与体系を入社3週間後の新入社員研修で初めて知らされたという。

(2008年12月19日11時30分 asahi.com)

<記事抜粋:終了>

所感だが、こんな居酒屋では楽しく飲食できない。死んだ店員は、納得して働いていたのだろうか?

本来の最低支給額は12万3200円らしいが、高卒初任給より安いではないか。

給与が安い事自体は構わないが「時間外労働が80時間に満たない場合、不足分を控除」という条件を入社前に知らせないのは悪質すぎる。このような企業が東証一部上場とは驚いた。

Googleにて 大庄 残業 と検索すると、リクナビなど求人サイトのキャッシュに「大卒・短大卒・専門卒月給 19.8万円(残業代別途支給)」という内容が残っている。おかしい、キャッシュでは「残業代別途支給」となっているではないか。

求人サイト内を見ると「大卒・短大卒・専門卒 月給 19.8万円(基本給+役割給)」となっており、「残業代」が「役割給」に変更されている。

料理人など職人修行で、最低限の賃金で働く事はあると思う。その場合でも「住込みで家賃不要」とか「食事付き」で手に職が付く特典がある。この居酒屋では、どのような特典があるのだろう?

大庄のWEBサイトを見ると「キャリアステップ」「8大制度」などのキャリアアップや独立支援制度があるようだ。しかし、これらの恩恵を受けられる者は少数ではないのか?ほとんどの者が薄給で終わるのではないか?

大庄では社風として「ハイ、よろこんで!」という気持ちを大事にしているようだ。過労死した社員は「時間外労働80時間がデフォルトだけどOK?」と聞かれ「ハイ、よろこんで!」と答えたのだろうか・・・

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高校生内定取り消し76人、さらに悪化のおそれも

不況の影響で、高校生の内定取り消しが出ているようだ。

<記事抜粋:開始>

9月から採用試験が解禁された高校生の就職活動で、いったん内定を得たのに、景気悪化の影響で取り消しを通告されるケースが相次いでいることが19日、「日本高等学校教職員組合(日高教)」の調査でわかった。

 取り消しにならないまでも、来年4月からの自宅待機をすでに命じられている生徒もいる。日高教が把握している内定取り消し者は、全国で76人。厚生労働省が先月25日時点で調査した29人を大きく上回り、1か月もたたないうちに高卒予定者の就職戦線が悪化している現状が浮き彫りになった。

(2008年12月20日03時01分  読売新聞)

<記事抜粋:終了>

所感だが、高卒は低賃金で社会の底辺になってくれる存在である。この存在に就職先が無いとは・・

不況では「食料品」「電気・ガス」「医療・介護」など必需品しか消費されない。生活する上で本当に必要な物は、意外に少ない事に気付く。

手に職がある場合を除いて、もう高卒での就職は終わりにしないか?

これからは産業構造が大きく変わると思う。自動車業界が良い例だ。自動車自体が供給過剰で化石燃料の枯渇・環境問題で方向転換を迫られている。

このような産業構造の変化で、真っ先にリストラされるのは高卒技能職である。マニュアルがあれば誰でもできる作業に価値は低い。

いつ自分の業種が消えても、他業種に移動できる応用力が必要だ。高卒では、この応用力はあるまい。

高学歴=応用力ではない。しかし、他の知識を習得するための「基礎学力」「効率よい勉強の方法」を学び「知識の引き出し」を増やすためには高校・大学程度の学力は必須と思うのだ。

もう義務教育を大学レベルまでにしないか?

現在、ほとんどの者が、小・中・高の6・3・3で12年間学習する。少なくとも、この12年を義務教育にしてしまっても良いのではないか? いまどき中卒では就職先が無いのだから。

希望だが、義務教育はカリキュラムを現在の大学レベルまでとして小・中・高・大、6・3・3・4=最長16年の学習期間にして欲しい。ただし飛び級を可能にする。有能な者には、早く社会に出てもらうようにする。

見直しが始まっていると思うが、「ゆとり教育」など馬鹿としか思えない。真のゆとりはダラダラ学習する事ではない。目標を立てキチッと学習を終わらせた結果、余暇を楽しめるようにしないとダメだ。

現在の義務教育では皆横並び・同じ時間をかけて卒業する。小・中学校では人格形成の意味もあり、仕方ないかもしれない。しかし意欲がある者は学習塾に通い、結局差が付いているではないか!

ならば、義務教育でも意欲がある者は、どんどん学ばせてやるべきだ。人間は差しか分からない動物だ。他人と差がつかない環境で意欲は湧かない。

旧社会主義の国が良い例だ。「他人より良い生活がしたい」という意欲が活かせる環境でないと社会は活性化しにくい。

社会の変化に柔軟に対応できるよう、これから社会に出る学生は「手に職」もしくは「応用力となる学力」を必須とする必要性を感じた。

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うちの子はダウン症です 松野明美さん、告白に共感の輪

タレントの松野明美さんの記事を読んだ。

<記事抜粋:開始>

ソウル五輪陸上1万メートル代表でタレントの松野明美さん(40)=熊本県植木町=は、次男の健太郎ちゃん(4)がダウン症だ。周囲の目を気にしてこれまでずっと隠してきたが、今秋、テレビで告白した。成長し、笑顔を見せる健太郎ちゃんが人生観を変えてくれたからだ。

「ダウン症を知っていますか。うちの健太郎はダウン症です」。病弱で体が小さいこと、それでも一生懸命がんばっていること、3歳で歩けるようになったときの感動。「人生は、一番でなくてもいいと気づいた。その人のペースで、ゴールを目指せばいいと」

「公表してよかった。思いを同じにする多くの仲間ができた」。26日は健太郎ちゃんの5歳の誕生日。「生まれてくれてありがとう」。そう言ってあげるつもりだ。

(2008年12月23日12時32分 asahi.com)

<記事抜粋:終了>

記事は、松野明美さんの次男がダウン症であることが書いてある。

所感だが、「頑張れ」という気持ちと「かわいそう」という気持ちが半々である。

自分に置換えて考えると暗澹たる気持ちになる。親は現実を受け入れたとして、子供はどうなのだろうか?子供が大きくなった時「産んでくれてありがとう」となるのだろうか?

子供の将来を考えれば、産まれて来ないほうが幸せと思える。非人道的かもしれないが、これが正直な気持ちだ。

「ダウン症は個性」という考えもあるらしい。何らかの障害と短寿命、個性だとしても「負の個性」だろう。きれいな言葉でかざっても健常者ではない事は明らかである。

羊水採取による出生前検査で、ダウン症かの判別ができるらしい。この検査でダウン症と診断されたら自分ならどうするだろうか?

命を宿した愛する妻に「堕胎してくれ」などと言えるだろうか? 私なら堕胎するかの判断は妻に一任だ。「堕胎してくれ」などと発すれば愛は終わりだろう。逆に「うんわかった」などと簡単に堕胎されても、それは人間として信用できない。

だが、事前に知っていれば産む産まないは別として、早い段階で覚悟ができる。英国では国の政策として出生前検査を行っているらしい。なぜ日本では積極的に検査を勧めないのか理解できない。

ダウン症の確率は、母親の加齢により発生頻度が増加するらしい。以下の値はwikiから抜粋。

 20歳未満:1/2000
 35歳  :1/400
 40歳  :1/100
 45歳  :1/30

この数字を見ると、将来子供が欲しい女性は20歳くらいで産んでおくべきだと思う。

現在、男女とも晩婚化が進んでいる。小子化対策は不要と思うが、出産リスク低減対策は必要と感じる。

何らかの理由で、子供が欲しくても作れない若い女性/カップルに支援は必要と思える。

多くは経済的な問題だろう。また、社会人になってから出産すれば、キャリアが途切れ復職できない問題もある。

出産のタイミングは、大学入学直後が最適と思える。この時期なら若く体力があり、両親も健在で頼ることができる。また、大学ならば単位制なので、学業と育児の両立が可能ではないか?

経済的には、この時期の出産に「奨学金」ならぬ「奨産金」を無利子で融資する。無論、奨学金同様に大学卒業後、数年以内に返済する必要がある。

大学を卒業し社会人になる頃、子供は2~4歳になっており、手がかからなくなっている。2人目は、社会人になって5~6年して落ち着いてから産めばよい。この頃、最初の子供は7~8歳で子守として活用できる。

男はともかく、女性の晩婚化は問題だと感じた。

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介護報酬、初の増額決定 社会保障審、人手確保へ待遇改善

介護報酬が引き上げとなるようだ。

<記事抜粋:開始>

介護報酬、初の増額決定 社会保障審、人手確保へ待遇改善

 社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)は26日、介護保険から介護サービス事業者に払う報酬の改定内容を決めた。来年4月から報酬全体を3%増やし、2000年の介護保険制度の導入以来初めての引き上げとなる。夜勤や専門性の高い職員が多い事業所への加算を新設するほか、人件費が高い都市部の報酬を手厚くした。介護現場の人手不足の解消や待遇改善に重点を置き、給付抑制方針を転換する。

 介護サービスの利用者は00年度の184万人から06年度に354万人と2倍弱に増えたが、介護職員数はここにきて伸び悩んでおり、人手不足感が強まっている。

(26日 23:00 NIKKEI NET)

<記事抜粋:終了>

介護職員数が足りず人手不足のようだ。

「非正規労働者の失職が、来春までに8万5千人」と言われる現在、人材需供のミスマッチを感じる。希望者には職業訓練を行い、介護要員を増員して欲しい。

しかし、考えてしまうのは、要介護者は非生産者だという事だ。非生産者は利益を生まないが、それを介護する者は利益を要求するのだ。

昔は、大家族で老人介護などは一家で包容できた。封建制の名残があり、子供を多く産めた時代だから可能だったのだろう。

昔は、子供を3~6人は産んでいたらしい。この子供がさらに3~6人産んだら・・ねずみ算で人口が増えてしまう。つまり物理的に人口の上限はあるという事だ。

人口の上限がある以上、3~6人産まなければ維持できない社会のほうが問題ではないのか? 増えたら減り、また増える。小子化は自然な流れだ。社会的に本当に人口が必要ならば、必ず増える。

アフリカなど貧しい国を見れば明らかだ。機械化されておらず、労働力として人手が必要である。医療が進んでおらず、体を酷使するため寿命が短い。食糧危機が来れば餓死する。

そのため、命の循環として多産なのである。

ネズミのレミングは、増えすぎると集団死する。固体が増加すると何かを感じるのだろう。小子化の国の人間も同様ではないか?固体が増え、何か社会のひずみを感じているのではないか?

人間は、そこまで鋭敏ではないか。高度成長で将来不安が無ければ「産めや増やせ」とベビーブームなのだから。食糧危機まで人口は増えそうだ。

話がそれたが、現在、小子化と核家族化で、1人の老人を子供1~2人で介護しなくてはならない。これは無理だろう。

子供が2人として、1人は働き1人は介護したとする。働く者は「要介護者/介護者の費用を稼ぐため」に生き、介護する者は「介護するため」に生きる・・・介護のため、自分の自由に生きられない人生など無意味だろう。

憲法第25条ではないが、人間は健康で文化的な生活を送るべきだ。介護のための人生は「介護する側/介護される側」双方とも「健康で文化的」とは思えない。

自身の力で動けない場合、野生の動物ならば間違いなく死ぬ。捕食されるか餓死するだろう。これは自然の摂理だ。

人間は社会的な動物で、自然の摂理を完全に当てはめる事はできない。しかし「生きる」とは何か、考え直す必要があるのではないか?

別に「姥捨て山」を再現したいわけではない。要介護になっても、生きたければ生きれば良い。ただ「何のために」生きるのか、その点だけは明確にしたいものだ。

痴呆で判断力が無い場合など、もはや人間としての人格は無いのではないか?

人格を失い人間でなくなったならば、命を絶ってあげるのが情けと思える。私ならば人格を失ってまで生きたいと思わない。

結局、「制度として尊厳死が必要」という結論に行き着いてしまう・・・

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